「別府八湯温泉まつり」と「浜脇薬師祭り」市内のあちらこちらから、湯けむりが立ちのぼる大分県別府市の別府温泉郷。東には別府湾をのぞみ、西には鶴見岳がそびえる風光明媚な温泉郷である。それぞれ趣の異なる浜脇温泉・別府温泉・亀川温泉・観海寺温泉・鉄輪温泉・柴石温泉・堀田温泉・明晏温泉からなり、現在では「別府八湯」ともよばれている。この別府では、毎年四月はじめに「別府八湯温泉まつり」が開催され、八つの温泉地
祭りの場... の続きを読む
一九世紀のハプスブルク家は、ナポレオンによって神聖ローマ帝国位を剥奪されて以降、没落の一途を辿った。その中でマリア・テレジアの威光を再び一九世紀のハプスブルク家に取り戻そうとした皇帝がいた。フランツ・ヨーゼフ一世、皇妃エリザベートの夫である。実は、今回の取材で新たに判明した事実がある。二〇〇五年に、シェーンブルン宮殿の外壁の大々的な修復作業が行われていたのだが、修復を指揮した研究者によると、調査の
宮殿が黄色でなかった時代... の続きを読む
洋の中に和の精神やデザインを取り入れる試みは全く行われてこなかったわけではない。その成功例といえるのが、東京・溜池の「ホテルオークラ東京」と永田町の「キャピトル東急ホテル」だ。1962年5月に開業した「ホテルオークラ東京」(当時はホテルオークラ)は創設者の大倉喜七郎が「世界に通用するホテルで、しかも欧米の模倣でなく、日本の特色を強く打ち出したホテル」の建設を思い立ったことに端を発する。当時、東京工
日本美を追求したホテルオークラ... の続きを読む
日本の夏休み中ということもあってか、往復のバスは満員(30名弱?)でした。3名で参加したところ、手漕ぎボートや休憩時のテーブル席など、すべて相席になりました。でも、写真を撮ってもらったり、情報交換などすることもでき、楽しいツアーでした。ベトナム人のガイドさんだったので、現地の様子や習慣を色々紹介してくれたし、とてもまじめで気配りが効き、日本語も上手な方でした。大変感謝しています。目的地到着までの1
ベトナムツアーに行ってきました... の続きを読む
もう何年も前の事だ。大型テーマパークへ1泊の家族旅行をした。父親は仕事が忙しく、なかなか休みがもらえないし、子供はまだ小さい。そんな理由からもうずいぶんと旅行なんてしていなかった。ある日、父親が会社の福利厚生のパンフレットを持って帰った。家からそんなに遠くないテーマパークのすぐそばにあるホテルに、なんと1泊1000円で泊まれるというのだ。それを聞いた子供たちは大喜び。テーマパークで遊べるのはもちろ
テーマパークへ行った思い出の家族旅行... の続きを読む
我が家は、子供が二人居る母子家庭。バスを使っての「家族旅行」を考えた時に、必ずぶつかる問題があります。二人掛けの座席です。子供が小さい時は下の子をだっこして座りましたが、大きくなってからは、バスでの旅行は一切していません。本当は、日帰りのバスツアーで参加したいものが沢山あるのです。が、座席の事を考えると、無理なのです。子供たちは二人とも私と座りたいのです。子供同士で座らせる選択肢もありますが、そう
バスでの家族旅行の問題点... の続きを読む
固形燃料で温められたすきやきを食べたが、船内でこういった趣向もいい。午後9時の出港の時には恒例のテープ投げがある。船は岸壁を離れ、見送りの人は手を振る(といっても夜なので数名だったが)、それでも感動のシーンだ。なにもワールドクルーズに行くわけでも、戦地へ赴くのでもないが、こういうシーンこそ、クルーズなのだと思ってしまう。デッキではバンド演奏に合わせ、乗客がチキンダンスなど踊って、もはやみなさんハイ
大人の雰囲気で、静かなもの... の続きを読む
紀伊水道を往復する南海フェリー。和歌山港は南海電鉄の和歌山港駅と隣接しており、フェリーを降りたらすぐに関西空港や大阪・なんば駅方面行きの電車に乗り継ぐことができる。徳島から大阪へのアクセスとしてはもちろん、関西国際空港にも乗り入れているので、徳島の人にとってはそのまま海外へ直結するフェリー航路とも言える。南海フェリーの徳島港ターミナルは海ではなく新町川という徳島市内を流れる川の河口にある。船は川を
徳島の人にとってはそのまま海外へ直結するフェリー航... の続きを読む
ドイツで寝台列車に乗ったのも思い出深い。平成一二年に「路面電車」を書くためにドイツの各都市の路面電車を取材したが、限られた日程の中で遠距離移動の時間を節約するため、ライプツィヒからフライブルクまで寝台列車に乗った。たしかイタリア方面へ向かう急行だったと思うが定かでない。乗ったのは簡易寝台(いわゆるクシェット)で毛布なども付いていないが、格安で横になれるので重宝なのだ。上段に乗ったのだが、フライブル
ドイツの寝台列車... の続きを読む
関東では他社の鉄道であっても仲良く乗換駅になることが多いのに、関西の国鉄と私鉄は互いに知らんぷりで立体交差してしまい、同じような場所にあっても違う駅名を名乗って平気なのである。有名な例として大阪駅と梅田駅かおる。JRだけは大阪駅なのだが、そこに隣接している私鉄や地下鉄の駅は決して大阪を名乗ることなく、いずれも「梅田」(および東梅田・西梅田)である。関東の人が梅田へ行こうとして大阪駅に降り立ち、地元
「梅田はどこですか?」... の続きを読む
中国(中華人民共和国)の鉄道に初めて乗ったのは平成二一年(二〇〇九)のことであった。長春から瀋陽を経て大連、それに瀋陽から丹東までの区間である。いずれも現在では東北地方の遼寧省内。この路線がどんな経歴を持っているかは、高校の日本史の教科書を見ればわかる。戦前の南満洲鉄道(満鉄)の二つの幹線であり、このうち大連〜長春間はロシアが不凍港・大連への輸送路として敷設した東清鉄道南満支線で、これを日露戦争に
中国の鉄道に乗ってきた... の続きを読む
「ここは本当に気をつけてください」。考古学者さんの忠告のもと、おそるおそる断崖絶壁の下をのぞいてみた。一〇〇メートル近い絶壁の下に、うねるように一本の道が通り、そこをたくさんの観光客が歩いていた。どこかで見たような景色……、そうなのだ、私たちはいつの間にか都市への唯一のルート、シクの上に来ていたのだ。米粒ほどに見える観光客たちは真上から覗かれているとは想像もしないだろう……。そう思ったとき、考古学
宝物を守るためにシクに住んだナバテア人... の続きを読む
フィールズの中心街にある、1軒のスポーツバーに入った。ヨーロッパのサッカーの試合がテレビから流れていた。その店にはオープンテラス席があり、そこに座ると、向かいのゴーゴーバーがよく見えた。客引きの女と目が合うと、しきりに店に来いと誘ってくる。曖昧に笑って、出されたサン・ミゲルビールの瓶に口をつける。冷えたビールが食道を伝い、同時に汗が吹き出てくる。アジアの夜が、口中に残るビールの味と一緒に蘇ってくる
1軒家をふたつに分けて店をつくったバー... の続きを読む
中国の杭州でのトラブルが原因だった。2カ月前のことだ。その頃、日本にはまだLCCが乗り入れていなかった。日本からLCCの航空網に入るには、日本を出発する既存の飛行機で脱出し、近いLCC乗り入れ都市に向かうしかなかった。セブパシフィツク航空が運航している台湾の台北やフィリピンのマニラ、エアアジアが乗り入れている中国の深川や杭州……あたりが近かった。そのなかで杭州を選んだ。そこに行くにも、不自由な日本
日本から片道航空券で入り込んだほうが好都合... の続きを読む
僕がフロントに向かうことができたときは、そこにできた列も終わりかけている頃だった。フロントの向こうにホテルのスタッフがいて、手前にはエアアジアの職員がいた。パスポートと出力した航空券を渡すと、名簿に名前を書き込み、中国語でたずねてきた。ホテルのスタッフの通訳に頼るしかなかった。「明日の朝の便は、もう席がないそうです」「はっ?」困ったことになってしまった。僕はクアラルンプールから先の航空券も買ってし
待つしかなかった... の続きを読む
伊予灘の江戸前鮨を堪能した後、「すみもと」で教わったワインバーヘ行こうとしたが、思い直してホテルへ戻った。深酒の前に、もうひと風呂、と思ったのと、レストランの横にあったワインセラーを思い出したからである。せっかく温泉地にあるホテルに泊まり、そこにワインセラーがあるのなら、試してみるべきだろうと思った。金曜日の夜だというのに、お風呂はがらがら。新しいホテルの存在は未だ知られていないのだろう。夜も又、
ホテルスタッフの気持ち良い対応... の続きを読む
当時、上高地での滞在は必ず「上高地帝国ホテル」。今も多くが憧れるホテル、大人には最高の存在だったのだろうが、子供にとっては、愉しみの少ない退屈な宿。とりわけ、毎日同じような食事を摂らねばならないのが大きな苦痛だった。近年になって和食のレストランも登場したが、かなり長い間、メインダイニングしかレストランは無かった。そこで供されるメニューは、朝はコンチネンタル・ブレックファスト、夜はフルコース。多少は
思い出の上高地、松本の味... の続きを読む
僕は地元京都では、殆ど自転車で移動している。雨さえ降っていなければ、何処へでも自転車で行く。交通渋滞も無ければ、駐車場所も考えなくていい。まさしく足代わりに利用している。と、同じように、旅先でも、小さな街なら、レンタサイクルを借りて、街を探索するのが常だ。駅、自治体、ホテル、レンタサイクルを設置している所は少なく無いが、現地で見つけるのは案外難しい。必ず事前に調べておきたいところ。例えば金沢だと駅
レンタサイクルで気分は地元人... の続きを読む
海外旅行には様々な国を見て回れることが可能ですが、行く先の国の情勢によっては注意が必要です。これはその国がどうこうと非難しているわけではなく、単にタイミングの問題です。どの国にも悪い情勢が訪れる可能性は十分にあります。そのタイミングにその国を訪れることは危険も伴うことは紛れもない事実です。そうした事情を日頃のニュースから正確に知ることは難しい。だからこそ旅行代理店を活用しましょう。旅行代理店に相談
海外旅行にはきちんとした代理店を... の続きを読む
家族旅行といえば、思い出すのが子どものころの夏休みの帰省です。当時私は大阪に住んでおり、毎年夏休みには家族そろって両親の実家のある長野県に帰省するのが習わしでした。新幹線と特急電車を乗り継いで、朝早くから出ても到着するのは夜の6時くらい。一日がかりの移動でした。飛行機を使わなかったのは、両親が飛行機が苦手だったからなのかもしれません。長野県で祖父や祖母、親戚やいとこが集まり、それはにぎやかな夏でし
子ども時代の思い出に残る家族旅行... の続きを読む
イタリアのローマへ海外旅行した時の事です。ツアーでは無かったので、食事はすべて、自分でした。初日は、ガイドブックに載っている「日本語メニューがおいてあるお店」に行ってみました。確かに日本語メニューはありましたが、値段が高くて、しかも味がいまいちでした。隣に座った日本人のカップルも、「日本で食べるイタリアンの方が美味しいですね」と、私と同じ感想でした。次の日は、ホテルのフロントマンに地元の人が行くお
イタリア海外旅行でのレストラン... の続きを読む
沖縄県振興開発審議会は一九九〇年に入ると総合計画部会、社会部会、産業・建設部会の三つの専門部会を中心に三次振計の大綱づくりを開始したが、県の産業構造のあり方をめぐる論議の中で、リゾート開発が焦点となっている。沖縄県企画開発部がつくったたたき台では、リゾート開発を核とした第三次産業振興策が示されている。委員の多くはリゾート開発がこれからの振興策の核になるという大筋では認めつつも、リゾート開発優先に懸
地元ではリゾートに対する疑問が生じ始めている... の続きを読む
ロンドンの中華料理がイギリスの食べ物の基準を遥かに抜いていることである。これは、もちろん香港が百年以上もイギリスの植民地であったことと関係がある。香港はご承知のように人口の九五%が中国人であり、そのほとんどが広東人である。広東人は食べることにやかましく、「食は広州に在り」という言葉もあるように、同じ中国の料理の中でも料理がうまい。その香港人は留学といえばごてる者も出てくる。香港パスポートを持ってイ
ロンドンに行ったら中華料理を食べよう... の続きを読む
鉄道のない沖縄県を除き、四十六の都道府県(以下、「県」と略す)には必ず数多くの駅が存在する。では、何時何分までであれば、それぞれの「県」にあるどの駅から列車に乗っても、その日のうちに東京駅に到着できるか。この問いは、一見簡単なようで実は非常に難しい。距離的にいえば、東京から最も遠い北海道や鹿児島県が一番早い時間になりそうだが、新幹線はもちろん、飛行機まで使えれば全くわからなくなる。しかも線区によっ
鉄道のない沖縄県... の続きを読む
太陽暦的な時間を地方にもたらす役割を果たしたのが天皇であった。明治天皇(二八五二〜一九一二)は、一八七六年、七八年、八〇年、八一年の四回にわたり、まだ鉄道がほとんどない東日本各地を回ったが、八一年九月に秋田に滞在したときには、「御駐輦ノ日午前第七時県庁へ臨御ノ節県令幹部二名ヲ率ヒ行在所へ参上、御先導ヲ為ス」などと、あらかじめ「奉迎」の手続きが時単位で決められ、『明治天皇紀』によればほぼその予定通り
鉄道の東北への普及と明治天皇の行幸... の続きを読む
山の気温は一〇〇メートル高くなるにつれて約〇・六℃低くなる。気圧は高さとともに対照的に減少し、五キロメートルごとにほぼ半減する。湿度も減少する。冬は湿度が低く、夏には湿度が高い日本でも、関東から北の一〇〇〇〜二五〇〇メートル級の山では、逆に冬の湿度が高い。また海岸に近い山では、気温が上がると上昇気流によって湿度も上がる。しかし、一般に二〇〇〇メートル以上になると空気中の水蒸気が減少するので乾燥して
気分が爽快になる山の自然... の続きを読む
今は、とてもそういう余裕はありませんが、リタイアしたらのんびりと国内旅行をしてまわりたいと思っています。予定もそれほど決めないで時間に追われない旅行が理想です。最近は、24時間営業のスーパー銭湯なども多いので、宿泊に利用してもいいなと思います。インターネットを活用して、ある程度の情報を集めて出かけると安心です。観光地ではない、ふだんの地域の様子を見ることが楽しみです。いわゆる観光シーズンを避けての
リタイアしてからの国内旅行... の続きを読む
学生の頃、青春18切符を利用し、東京から北海道まで国内旅行をしました。時刻表とにらめっこしながら、計画を立て、ローカル線を乗り継ぎ、どんどん北上していきました。電車が全部、うまいこと乗り継ぎを出来るわけではなく、所々で乗り換えに時間を潰すことになりました。一番長い待ち時間だったのは、青森の八戸駅でした。私たちは「魔の8時間」と呼んでいました。それは、23時から翌朝7時まで、電車が走っていないという
青春18切符で国内旅行... の続きを読む
七月初旬でしたが、北海道でも北の方では雨に降られたりすると、ほんとうに泣きたいほどに凍えてしまう。その日も朝から雨です。それで音威子府というところで営林署の小屋をみつけ、そのなかに逃げ込みました。鍵がかかっていなかったんです。せいぜい三畳ほどの広さの小屋ですが、なかに薪ストーブがあったんですよ。小屋の脇には薪が山積みです。明るいうちはただ雨宿りですが、暗くなってから、誘惑に負けて薪ストーブに火をつ
雨の北海道で散々凍えた... の続きを読む
何か変だなあと思っていたら、恐ろしげな声を出しながら妙な二人連れが後ろから通路を歩いてくる。子どもが「きゃあ」と叫び声を上げるので、声のするほうを振り向くと、変てこな怪物が「なまけものはおらんか」とドスの利いた声を出しつつ、こたつでくつろぐ乗客たちを回っていく。間近で見ると鬼のような面構え。二匹とも手に棒やら何やら持って、怖がる弱虫を脅している。着ているものも蓑のような衣装だ。逃げたくても、こたつ
東北の小正月の伝統行事「なもみ」が出現... の続きを読む
鳴子温泉駅を一〇時○九分に出る新庄行きに乗ることにする。もっと早い列車のほうがいいに決まっているか、その前は七時二三分しかないのである。のんびり朝湯に浸かったり、ゆっくり朝御飯を食べたりすれば、朝早い列車には乗れないだろう。これはポリシーの違いだから、朝飯を抜いてでも早く旅立ちたい人はお先にどうぞ、である。新庄までは、点在する温泉地の湯煙を車窓から眺めたり、山間部の景色を堪能したりとローカル線の雰
鳴子温泉駅から新庄行に乗る... の続きを読む
九州のダイヤ乱れの影響を首都圏にまで持ち込む気宇壮大な列車も、余命あと三ヶ月である。かの恬然としたおばさんが降りていった横浜を出たところで、1号車から12号車まで一巡してみた。実在の人の数、および寝具類の使用の状態、個室では人の気配なども総合し、昨夜の宿泊客数は、「はやぶさ」がA個室11人、B個室18人、その他四両の開放式B寝台は二六人、「富士」がA個室11人、B個室一六人、他四両のB寝台は一三人
九州のダイヤ乱れの影響... の続きを読む
焼酎の広告看板が窓を過ぎっていった。頴娃大川という駅で旅行鞄をぶら下げたおっさんが一人乗り込んできた。中内が賑わいをみせるというにはほど遠いけれど、二人より三人のほうがはるかに心強い。その後も、おばさんや女工晶生などがパラパラと乗ってきて所帯が八入となったところで西頴娃に到着、三人降り、一人が乗ってきた。久々に町らしい町で、線路端のもみじが直八つ赤に色づいている。枕崎から山川までの間には一六もの駅
民家の瓦は光沢のない銀黒が目立つ... の続きを読む